RUSTYサーフボード・ウエットスーツ・SANTOSHAサーフボード販売 OFFTHEWALL International|サーフィングッズ・サーフウエア販売 オフザウォール大阪店

 
         
   
   
   
   
   
   
 







バリツアー 2004 9/15〜23

DAY1 9月17日(水)
バリ島へ向けて関空から一人で出発。飛行機内でサーファー・男/女だけ・家族等のグループが多数いるが、バリ島ではあまり見かけない、どこに行くのか?と疑問を持ちつつ、隣に座っていた人にバリ島ガイドブックを読ませてもらったが、観光スポット等がたくさんあるらしいが、どこにも興味が持てず、波のサイズ・形ばかりが気になり、わくわくして一睡も出来ずバリ島に到着してしまった。入国審査を通過し、サーフボードとスーツケースを受け取ると、相変わらず荷物を運ぶバリニーズがたくさん寄ってきた。ここで荷物を持たれると、現地ではとんでもない金額(¥1000前後)を請求されるので、巧みにバリニーズを交わし、空港の外へ出た。今回の旅の拠点となる宿、51コテージの従業員/カトゥが迎えに来ていてくれてホッと一安心、久しぶりの再会でバリ島に来たー!!って感じになり、車に乗り込み、いざ51コテージへ。相変わらずバリの道はゴミゴミしており、車とバイクが入り乱れているのが妙に楽しい。チェックインし、出前でミーゴレンとビンタンを頼み、他のお客さんからの波情報をチェックした。ここ最近は、波のサイズが下がっているとの情報で、ホッと一安心!?した。なかなか寝付けないので、一人クタの街をブラブラしたら、昨年テロ事件のあった場所を見た。柵がしてあり中の様子が見えなかったが、復興までにはまだまだ時間が掛りそうで、たくさんの花が飾ってあった・・・。

DAY2 9月18日(木)
朝8:00にバイクをレンタルし、とりあえずエアポートのボート乗り場へ出発した。いきなりトラブル発生!!道がさっぱりわからない事に気づき、1時間半ほどグルグルと迷い走り廻った。行った人なら解ると思いますが、バリの道はどこの景色も同じに見えてものすごく解りづらい。3年前のかすかな記憶をたどり、ようやくボート乗り場へ到着。ボート乗り場を仕切っている、【ブロンディ】がいたので久しぶりの挨拶をしたら、ほんとかどうか解らないが、かすかに憶えていてくれたようだ。ブロンディの見た目はイカツいが結構イイ人!?で、巧みに日本語・英語・ブラジル語・ヨーロッパ方面の言葉を扱う。まず1R目と、ブラジリアン・オージーとの相乗りでクタリーフへ向かった。ブラジリアンが話し掛けてくれたが、ほとんど何を言っているのか理解できず、かろうじて理解できたのが、『サ・ク・ラ・バ』(格闘技選手名)だった、ブラジルでも有名らしい。こういう時にいつも、英語がしゃべれたらな・・・と思う。クタリーフは胸肩サイズのファンウェーブがブレイクしていたので、ボートから降ろしてもらい、波乗りをした。見た目以上にパワーがあり、かなりロングライド出来る良い波だった、しかもバリニーズと私の2人貸切状態で、1時間ほど乗り放題だった。海から上がると、ボート料金の支払い交渉となるが、3年前は20000Rpだったのが、現在は25000Rpと値上げとなっているとの説明を受け、30000Rpを支払った。しかし、いつの間にか金額が30000Rpとなっており、いきなりボられた!!しかし、これはバリでは日常的?なもので、あまり気にしても仕方が無いので、あきらめた。カトゥと一緒にバイクで空港に、KAMAちゃんを迎えに行った。KAMAちゃんはオーストラリアからサーフボードを8枚持ってきており、プロサーファー並みの量だった。軽く昼食を摂り、バイク2ケツで再びボート乗り場へ。ボート乗り場のビーチには、物売りのおばちゃんが多く、なかなか切り抜けるのが大変。この時も、一人のおばちゃん(後にメリーさんと教えてもらう)に捕まってしまい、大変だった。妙な木彫りの仏像を持ってきて、150000Rpと高い金額を言い出した。マハール!!と断ったら、逆に『アナタ、ラストプライス』と言われたので、思わず500円と答えてしまった。メリーさんは、いつまでも500円を憶えており、3・4日間ほどしつこく付きまとわれた。KAMAちゃんが『そんちゃん専属のおばちゃん』と命名した。気を取り直し、ボートで海へ。ミドルポイントでサーフィンをした、サイズは頭半ぐらいでチューブ有りのパワフルウェイブだった。SET波が入り、外人サーファーが見事にチューブインするのを見て感動していたら、その波にパックリと食われてしまった。ミドルの波は結構難しく、パーリングするシーンも続出でニュージーランド人のリーシュが切れて板が流されるトラブルが発生した。アウターリーフで板が流れるとエライこっちゃとなり、私の近くまで必死に泳いできて休憩させてくれと言って来たので、板に掴まってもらいプカプカしていた。その時、インサイド方向にパドリングしていく人が見えた、その人物はKAMAちゃんだった!!20〜30分ほど経過しニュージーランド人が諦めてボートに戻った、その時かなり遠くのほうに人影が見えた。KAMAちゃんが流されたボードを見つけてパドルアウトしてきたのを見て、かなり感動した。

DAY3 9月19日(木)
朝6:00に起きて、再びミドルへ。波は前日よりサイズアップしており、ダブルオーバー(のつもり)の波だった。外人サーファー達はやたら上手く、なかなか波に乗れないのでインサイド攻撃にでたが、途端に大波警報発令!!!慌ててパドルするも間に合うわけが無く、真正面に黒く大きな壁が口を開けていたのを見て、これ以上の無駄あがきをするのを止めた途端、パックリと食われてしまい、なかなか怖い思いをした。何本か波に乗ることが出来たが、調子に乗ってプルアウトせずに波に乗りすぎると、変にインサイドではまってしまい、一人だけえらく流されてしまい、30〜40分ほどのパドリングの旅に出ることになった・・・。本日2ラウンド目もリベンジとばかりにミドルへ向かった。サイズは相変わらずデカくて人が混雑(10数人)していたが、SETが入り一番アウト側から必死のパドルでなんとかテイクオフ!!私自身が今までに乗った、グーフィーの波では一番大きくスリル・スピード感がたまらなかった。22時頃に、【島野君】がバリに到着した。22時半にKAMAちゃんと2人で空港に迎えに行ったが、すでに入れ違いで宿に出発していた・・・。

DAY4 9月20日(土)
前日までの状況を理由に、朝一の海は混んでいる!と勝手に思い込み8時に起床して、またまたエアポート方面へ。クタリーフが胸前後のファンウェーブだったので、島野君が初バリの事もありとりあえず1R目とした。波が小さいのでKAMAちゃんたまらず、ミドルへ向かった。KAMAちゃん情報によると、TOKIOの【山口達也】が入っていて、なかなかでかい波に突っ込んでおり、『根性あるわ〜』と少し誉めていた。私はその時、ミドル恐怖症に陥っていたのでクタリーフで優しい波に乗っていた。2R目前に、またまたメリーさんの登場。今度はバリ初心者の島野に、メリーさんを譲った。(島野ゴメンと思った。)案の定、いろいろと売りつけられており、シガレットケースを10000Rpで購入していた。(翌日にもメリーさん登場したが、同じ物が半額になっていた・・・、恐るべしバリ。)その後、ミドルで再びサーフィンした。ミドルばかりでサーフィンしていたので、若干飽き気味(贅沢!?)となっていたので、チャングー・ブロワ−方面へ向かった。道に迷いながらもやっとの思いで、ポイントに到着したが波イマイチでボー然となり、結局、クタビーチで日没までサーフィンした。51コテージ内のプールにサーフボードを並べ、どれがパドリング早いか等を検証しながら、時間を潰し、今回のツアー最終到着者【宮前(兄)ケンボウと(弟)リョウ】、【西野君(ニッシャン)】の若手3人を迎えに空港へ行った。

DAY5 9月22日
サーフィン経験が浅い(リョウは数回目)3人のため、とりあえずビーチでサーフィンした。あまりに物足りないので、3人の意見を聞かず『なんとでもなるやろう?』と思い込み、エアポート方面へ向かった。ブロンディから、さすがにミドルは危ない!との事だったのでエアポートレフトへ。波は頭ちょいぐらいあったので心配だったが、しかし心配をよそにこの3人と島野のテンションは異常に高く、パーリング・バンザイテイクオフ?・意味のわからないライディングを連発!!ボートで見ていた、船頭さん(カトゥ)とKAMAちゃんと私の3人は、腹を抱えて大爆笑だった。パーリング喰らいながらも、パドルアウトしてくる時に『おもろすぎ〜!!』と叫びながら満面の笑顔を浮かべて、リーフで足を切りながらも本当に楽しそうだった。『おもろすぎ〜』が今回のツアーの合言葉となった。昼食とメリーさんの相手を経て、2R目に突入。KAMAちゃんとケンボウと私の3人でミドル、島野とリョウとニッシャンがクタリーフでサーフィンした。しかし、ミドルはレベルが高くなかなか乗れないので、40分パドリングでクタリーフに向かった。日没ごろには、私達6人とバリニーズが一人だけだったので、乗り放題だった。バリの夜は長く、晩御飯を食べてもまだまだ時間が余る。おとなしく宿で寝ればいいのだが、疲れも溜まってきた頃なのでみんなでマッサージをした。それでも元気な宮前ブラザーズは、0:00過ぎているのにプールに飛び込んで遊んでいた。

DAY6  9月22日(月)
6:00からマドウィに向けて出発。51社長のニョマンとバゴンの車2台でオフザウォール6人+ホテルのお客『ハルさん』と『アキさん』と一緒に行く事となった。2時間ちょっとのロングドライブ、いつも大阪から伊勢に行くのと変わらないぐらいの時間だが、道せまくガタガタで追い抜きがすごいので、すごく疲れる。途中バリアンをチェックし、やっとの思いでマドウィへ到着。1R目前に、ローカルがやってきたのでTシャツを買った・・・。波は胸前後のかなりロングライディングできるポイントブレイクで、お決まりのビデオ撮影を行った。1日のんびりマドウィで過ごし、再び2時間ちょっとの車の旅でクタへ戻った。帰りの車の中、宮前ブラザーズ(ボケの兄貴とクールな弟)の絶妙なトークが面白く、行きほどの時間は感じなかった。夜、51の近所でご飯を買い、ビンタンを飲みながらビデオ鑑賞会となった。みな自分のライディングを見て、ガックリとなっていたところに、マデが来た。翌最終日は、波も小さそうなので、いよいよ【ウルワツ】に向かう事が決定した。

DAY7 9月24日(火)
朝一にビーチをチェックすると、昨日とは違い一気にサイズアップし、クローズ気味になっていた。マデの運転でいざウルワツへ。案の定、波のサイズは8Feetオーバーのすごい波だった・・・。コーナーでダブルオーバー・・・。この波で波乗りしているサーファーを見て、これがほんまもんのサーファーだと思った。私がボー然と見ていた時、ケンボウが『行けますよ!乗れますよ!』と、海に入ろうと言い出した。面白半分に入るところを見てみたかったが、さすがに危ないと思い止めたが、『入ろう!』と言えるだけでも、たいしたもんだと思った。ウルワツにも売り子がたくさんいて、ステッカー・Tシャツを個人個人で交渉し結構な金額で買っていたが、いつもの事だが値段に差があり、ちなみに私は20000RpでTシャツ1枚だけ買った。8Feetのウルワツにいつの日かチャレンジするぞ!!出来るかな!?と心に思いながら、バランガンに向かった、かなり険しい道のりで何とかポイントに着いたが、ここもまた波がでかくダブルオーバーの掘れた波だった。ゲッティングアウトも難しそうだ。ったので、仕方なくあきらめて、やはりホームポイントのエアポート方面へ向かった。ボート乗り場で情報を聞くと、今日は波が一番でっかいとの事で、一番安全なクタリーフでサーフィンする事とした。波は頭オーバーの寄れて早めで乗りづらく、ブレイクポイントがとても浅かった。しかし、そんな事はおかまいなしでバリ島ラストサーフィンだったため、ガンガン突っ込んでいった。その時、KAMAちゃんが異変に気づいた!ハプニング発生!!リョウのサーフボードが真っ二つに折れていた。インサイドでハマっていたのでリョウを助けに行ったら、かろうじてパドリングできる分は残っていたので一旦ボートへ戻らした。しばらくすると、KAMAちゃんのボードを借りて再び海に向かっていった。サーフィン初めて数回目で初バリのそこそこ大きい波で、ここまでがんばれるとは正直感心した。兄ケンボウもリーフでお尻に大きな切り傷を受けていた。(宮前兄弟はナイスガッツだが、ニッシャンは・・・)海から上がり、大慌てで帰り支度をし、島野、ケンボウ、リョウ、ニッシャンは先にバリを発った。KAMAちゃんと私は、ガルーダなのでゆっくり帰り支度をし、51従業員のワヤン・プラギィ・カトゥ・コマンとバゴンとマデと一緒にロビーでご飯を食べ、社長ニョマンに空港まで送ってもらい、日本へとバリ島を発った。 今回のバリツアーは日ごとにメンバーが来て、バタバタとし小さいながらもトラブルがたくさんあり、気の抜けないツアーだったがとても満足できたツアーだと思う。バリニーズは暖かく親切!?でお金はボられる!?しで、ホントとウソがよく解らない島だが、とにかく楽しい、車・バイクの運転もルール無用?で面白く、食べ物が美味しい。なにより波がバグ−ス!!です。短くても楽しく、一度きたら病み付きになる場所だと思う。ツアー中にたくさんのバリニーズにお世話になり、楽しませて頂きとても感謝している。また、近いうちにバリ島へ行こうと思った。長くなりましたが最後まで読んでくれてありがとうございました。

チームオフザウォール 園田義生

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